大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和32年(ウ)474号 決定

申請人 神戸タクシー株式会社

被申請人 角屋信 外五名

主文

右強制執行は、同判決主文第二項中申請人に対して被申請人角屋信に金一四七、六〇〇円、同東畑邦夫に金一一八、八〇〇円、同北田孝三に金一二〇、二四〇円、同福井武郎に金一六四、八八〇円、同藤本秋夫に金一五〇、四八〇円、同村本効夫に金一二六、〇〇〇円、をそれぞれかりに支払うべきことを命じた部分に限り、本案判決をなすに至るまでこれを停止する。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

仮処分の裁判は、権利の終局的実現を目的とするものではなく、単に、将来本案訴訟において確定せらるべき請求を保全するためにかりになされる緊急処置にすぎない。従つて、仮処分判決に対して控訴の提起があつた場合においては、確定判決又は仮執行宣言附判決に対する場合と異り、権利の終局的実現を阻止するための一時的応急措置としての執行停止をする必要は本来の性質上存しないのであるから、民事訴訟法第五百十二条を準用してその仮処分判決の執行を一時阻止すべき停止決定を求めることは原則として許されず、ただ具体的になされた仮処分の内容が、その本来の使命である権利保全のためにするかりの緊急処置たる範囲を逸脱し、権利の終局的実現を招来する如きものであるときに限り、その執行の停止を求めることができると解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件執行停止申請書添附の原審仮処分判決正本によれば、本件仮処分は、被申請人(仮処分債権者)等につき昭和三十二年二月十日なされた待命休職処分が効力を生じなかつたものとしてのかりの地位を定めると共に、申請人(仮処分債務者)神戸タクシー株式会社に対して、被申請人等に前記待命休職の期間が満了した昭和三十二年三月以降平均賃金額をかりに支払うべきことを命じたものであることが明かである。

ところで、専ら賃金収入によつてその生計を維持するのが一般である賃金労働者が、使用者からその従業員たる地位の喪失をきたすような処分(本件でいえば待命休職処分)をうけ、その処分の効力を争つて訴訟を提起する場合において、該訴訟を滞りなく追行し勝訴の確定判決を得るためには何よりもまずその問における生活維持の保障を得ることが前提条件であつて、これを欠くときは権利の終局的実現は覚束かない結果になつてしまう。

そこで、上叙処分の効力を争う本案訴訟についての被保全権利の存在が一応疎明されるときは、該訴訟の判決が確定するまでの間被申請人等にかりの従業員たる地位を認め、賃金の仮払いとして平均賃金額の範囲内において訴訟追行中の将来の生活維持に必要な限度の金員の支払を命ずる仮処分も、やはり本案訴訟において確定せらるべき請求につきその固有給付を保全するに必要な緊急措置として許さるべきものと考える。

されば、本件仮処分判決の第一項の部分及び第二項中右仮処分判決のなされた昭和三十二年十一月以降毎月末日限り各平均賃金額の支払を命じた部分は仮処分本来の目的に添うものというべきであるが、右第二項のうち、仮処分判決のときまでにすでに経過した昭和三十二年三月から同年十月までの過去の平均賃金額の一時払いを命じた部分は上叙緊急措置としての必要性を全く欠如し、むしろ本案訴訟において勝訴判決があつたのと同一の結果を実現せしめるものとして仮処分の正当の範囲を逸脱したものというべきである。

以上の次第であるから、本件強制執行停止の申請は、上叙仮処分判決の第二項中昭和三十二年十月以前の平均賃金額の一時払いを命じた部分の執行停止を求める限度においてのみその理由があるからこれを認容し、その余は理由なしとして却下すべきものとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 山口友吉 小野田常太郎 小石寿夫)

【参考資料】

執行停止申請

当事者の表示

申請人 神戸タクシー株式会社

被申請人 角屋信 外五名

執行停止申請事件

申請の趣旨

一、申請人被申請人間の神戸地方裁判所昭和三十二年(ヨ)第一二一号仮処分事件の判決に基いてなす執行は控訴審の判決をなすに至るまで一時これを停止する

申請の理由

一、右当事者間の神戸地方裁判所昭和三十二年(ヨ)第一二一号仮処分事件について同庁に於て昭和三十二年十一月七日別紙通りの判決を言渡されたが右判決は執行力を有し申請人は右判決に基く差押をうけ競売期日は来る十一月十八日に指定されて居るものである

二、而し乍ら原判決は著しく事実の認定及び法律の適用を誤り不法不当の判決であるから申請人は右判決に対し本日控訴を提起し原判決は当然破毀せられるものと信ずる次第である

三、原判決は仮りに仮処分を許すべき場合に於いても仮処分は所謂仮の処分であるから殆んど例外なく保証を立てしむべきであり殊に本件は申請人に対し被申請人等無資産者に金銭の支払を命ずる仮処分であるから保証を立つる事を条件とすべきであるに不拘全然保証なくしてこれを許した不法が存するは勿論本案訴訟の権利の実現そのものを命じ仮処分の範囲を著しく逸脱した判決であるばかりでなく若し申請人が右判決に基いて差押を受け多額の金銭を支払う様な事があれば他日申請人は本案訴訟に於いて勝訴するも被申請人等は全部無資産のため既に支払つた金員の返還を受ける事が絶対に不可能のため莫大な損害を蒙る事となる次第でありこの様な場合には執行停止を許すべきものである(昭和二三、三、三決定民集二巻六五頁・昭和二五、九、二五決定民集四巻四三五頁)から保証を立つる事を条件として申請の趣旨記載の裁判を賜る様民事訴訟法第七四八条、第七五六条、第五一二条により本申請に及んだ次第である

疎明方法〈省略〉

昭和三十二年十一月八日

右申請代理人弁護士 本田由雄 外一名

大阪高等裁判所御中

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例